Statement

Statement

 わたしは「無いことになっていること」に興味を持ってリサーチをしています。オカルトやアミニズムはもちろん、マイノリティの権利や、社会的弱者の境遇、民族史、個人史などです。これらは現状の維持や、特定の人への配慮、権力者の利益などのために、意図的、もしくは無自覚に隠蔽される傾向にあります。これは立ち位置や環境や時間によって変化する正統があるとき、社会には常に異端が一対になって存在すると言えます。このことを個人に当てはめると、正当≒主体≒自己≒わたしは、異端≒客体≒他者≒あなたの存在の肯定を意味し、絶対的な孤独を立証することになるとわたしは考えます。そしてわたしは、例えばあなたと公園のベンチでコーヒーを飲みながら、噴水で水浴びをしている子供達を眺めているその瞬間に、地球の裏側にいるまだ見ぬあなたが、暴動の只中でキスを交わしているのを認識することが可能であるかを考察します。わたしはその軌跡や成果を、出来事を戯曲、社会を劇場と捉えて、状況に応じた有効な手段で再現を試み、これをパフォーマンスと呼びます。ひょっとすると、それはあなたが見たくはないものかもしれません。
December.2016.- BABARA DARLINg